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2015年4月 滝沢歌舞伎 10th Anniversary (1)

リリースイベントでキスマイとハイタッチをしたその月に、新橋演舞場へ滝沢歌舞伎を観に行った。お目当てはSnow Manだった。
かねてより気にかけていた“ひーくん”が、滝沢秀明にもらったドールハウスシルバニアファミリーのシカさん一家を住まわせていると知り、心臓から送り出される血液が沸騰するような感覚に陥った。
フカサワなのかフカザワなのかはよく分からなかったが、愛称を覚えたばかりの“フッカ”も楽しみだった。
“ひーくん”と“フッカ”をそれぞれ堪能するために、滝沢歌舞伎は2回入ることにした。

劇場でお芝居を観るということがそもそも初めてだった私にとって、アクロバットの音が聞こえることや大量の小判が降ってくる演出など、何もかもが感動に値した。

1回目は1人で観劇し、パンフレットを買って滝こみご飯弁当を食べた。
A.B.C-Zの橋本良亮が観劇に来た回で、難しい漢字は書かれていないと念押しされた鼠小僧の手紙「お便り」を「おびん」と読んでいた。

北山先輩や藪くんといった豪華な出演者がいる中で、“フッカ”はJr.だけれどいつもなかなか良い位置におり、見失ったと思った時はだいたいタッキーの左後ろを見れば解決した。
ジャニーズではないマッチョ達と共にやぐらのような舞台装置を移動させるのも彼らの仕事のようだった。
照明の当たらない位置で“フッカ”が背中を向けていても、目を凝らし(あの後頭部はフッカ、間違いなくフッカ。私には分かるぞ、見えてるぞフッカ!)と心の中で叫んでいた。出番になり照明の当たる位置に移動してきた彼は、やはり間違いなく“フッカ”だった。

何の予習もせずに臨んだので、腹筋太鼓には度肝を抜かれた。
“ひーくん”だけドラムをシバいていたので気になったが、(来週は“ひーくん”のために観劇に来るから、今週は“フッカ”に集中するね)と心の中で詫びを入れておいた。

そう前置きしつつも、2幕の義経では“ひーくん”扮する武蔵坊弁慶に釘付けとなる。
生で見る“ひーくん”は鍛え上げられた軍鶏のような体躯にアッサリとした顔立ちで、涼しげな目元が私好みだった。当時は黒髪できつめのパーマをかけており、ブロッコリーみたいな髪型で切れ長の目が見えにくかったが、弁慶の時はそのご尊顔をしっかりと拝むことができた。

弁慶は演舞場の花道にて、壮絶な最期を遂げる。
今年の義経は演出の都合上非常にコンパクトにまとめられていたと後から知ったが、短いシーンの中で『忠誠の心を持つ弁慶という男がオラオラ無双するけど、最終的に思いっきり死ぬ』ということを理解した。
場内に響き渡る弁慶の断末魔は悲しく、痛々しかった。弁慶の無念を想い、私は泣いていた。

殺陣のシーンでも“フッカ”はすぐに見つけられた。
屈強な弁慶が、脇腹を刺されても歯を食いしばり執念で踏ん張っていたのはよく分かったが、“フッカ”はなかなか死なず、3回くらい刺されてやっと倒れた。
「なぜすぐに死なないのか」という疑問よりも、お芝居とはいえ“フッカ”が死んだことの方が悲しく、やはり涙が出た。

北山先輩扮する景時は非常に悪い顔をしていた。
長髪を振りほどき戦場の修羅と化した義経に対し、余裕たっぷりの表情でにじり寄り、容赦なく斬りかかる。
今後「みっくんカワイイ〜♡超アイドル♡」なんて言えなくなるくらい冷酷だった。全然かわいくない。
普段からネタにしている小柄な体格も気にならないくらい圧倒的な存在感があった。

さっくん”は舞台上でひときわ異彩を放っていた。あの子だけ地球上の重力・引力が作用していないのだと思う。物理学的に完全にアウトである。それほど華麗な舞いであった。
そして発声が素晴らしい。声のきれいさもさることながら、その出し方がプロの域だったと元声優ヲタとして思った。

“舘様”の声も聴き取りやすく、特徴的でやはり発声が良かった。“ひーくん”が投げた刀を受け取ってくれた。
特段顔が好み!というわけではなかったが、なぜか気になる存在だった。

“なべしょ”はマザコンだった。
生意気で声が高い子としか認識していなかったが、お化粧シーンの大喜利でMCというか仕切り役を担っていた。
キスマイジャーニーでも村長役を任されていたので、こういう役回りが多いのだろう、慣れているのだろうと思った。
場を仕切る“なべしょ”の声は上ずっていた。これがいけなかった。
(何回もやってるからといって緊張しないわけないよね、慣れるわけないよね、なべしょ偉いよ。お仕事よく頑張ったね。)
気分は既に“なべしょ”のお父さんだった。

With loveは手話で歌っていることに気付いた。
“ひーくん”と“フッカ”が手話をしているという尊い現実に打ちひしがれ、またそれぞれが演じた劇中の人は死んだけれど“ひーくん”と“フッカ”は生存していることが嬉しく、ありがとうと言うべきは私の方だった。

その日はフォロワーのしゃまいんちゃんと飲みに行った。
横尾さんの話題は上がらず、ひたすらJr.について熱く語り、事あるごとにA.B.C-ZのCrazy Accelを歌っていた。


余裕を持った遠征スケジュールだったため、せっかく東京に来たし、ということで翌日は人生初のジャニショに行くことにした。
前述の自分ルールに則り、写真は買わないつもりだったが、どんなものなのか見るだけ見てみようと軽い気持ちで原宿に向かった。この時既に(“フッカ”の可愛いのがあれば1.2枚は買ってもいい)という法案が可決されようとしていたので、滝沢歌舞伎は恐ろしい。

NEWSもキスマイもたくさん写真があったが、いずれも写真でしかなかった。
Jr.コーナーの写真はセクシー系列とバカレア組がほとんどだろうと踏んでいた。トラジャや寺西も顔と名前は一致していたが、展示写真が見られただけで充分満足できた。
出口もすぐそこだったので、最後のパネルに目をやった。

4/4 入荷 Snow Man

岩本照、深澤辰哉、宮舘涼太、そしてSnow Manが揃った写真を合計38枚買った。


私の中で何かが変化していっている実感があった。
深く考えてはいけない気がして、気分を紛らわせるために羽田空港でお寿司を食べた。
帰りの機内で写真を見返せば、いつでも“ひーくん”の鋭い眼差しが私を捕らえ、ひょっこりと顔を出す“舘様”が愛らしく、盛り髪の“阿部ちゃん”が温度のない瞳をしていた。エレベーターの前に佇む“フッカ”がカッコいい気がしたが、それだけは完全に気のせいだと思い、直視を避けた。