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2015年10月 ABC座 日生劇場

仕事の休みやすさと飛行機・ホテルの価格、そして倍率を考慮し、私はいつも平日に連休を取って遠征をする。
夏のコンサートにファンミーティングとA.B.C-Z現場経験値を積み、映像作品を買い集め、A.B.C-Zの色が分かってきていたつもりだった。
しかし、やはりド新規。私の詰めは非常に甘かった。ただただ週のド真ん中の平日だからと申し込んだ日は、河合郁人の誕生日だった

知らずに申し込んだのも私くらいのものだろう。お察しの通りチケット探しは大苦戦したが、縁あって10/20の昼・夜両公演に入ることができた。

1ヶ月ぶりの日生現場。
駅からオタクらしき人に付いて行かなくても辿り着けるようになった。


幕が上がりSmiling Again イントロのピアノの音色が響き渡る。
白い階段で構えるA.B.C-Zの面々。
「ア イェーイェー」の時点で私は既に泣いていた。
Moonlight walker は大概聴き込んでいたが、Smiling Again はしょせんB面曲としか認識しておらず、特別な思い入れが無かった。
しかしこの演出はどうだ。生で供される最上の贅沢。(演出と言っても階段から降りて来て歌うだけなのだが)物語が始まる前から涙が止まらない。
前述の通り、河合郁人の誕生日も知らなかったド新規である。私自身が並外れて涙もろいことを加味しても、理屈抜きに涙腺を揺さぶるSmiling Again とは、とんでもない楽曲なのではないだろうか…。(それ知らなかったの自分だけや)

Smiling Again を歌い上げたA.B.C-Zはこの後2幕まで出てこないと言う。
プラネッツから120万円を先に受け取ったのだそうだ。グループとしての報酬はやはり五等分するのだろうか。河合郁人がお金の話をすると、妙に現実味あって良い。

舞台の下手側にせり上がるレコード店。客席に登場するJr.達。
最近お気に入りの原嘉孝はコロコロ意見を変える可愛いキョロ充役だった。
さらに広島ぶりの川島如恵留もお目見え。その圧倒的な存在感。この子に直接チケット代を渡せたらいいのに、と思った。

この辺りで台詞の聴き取り難さが気になり始める。Jr.達が客席で喋っているからか、自席の位置からして致し方ない事なのか、はたまた自分の耳が相当ボロいのか。
プラネッツとして登場したA.B.C-Zも皆 がなるように声を張り、早口でまくし立てるので、初見では何を言っているのかニュアンスでしか分からなかった。
後から知った事だが、これは“ニッキ演出あるある”らしい。

謎の白い女性がおもむろに現れる空港の場面。
バスケットの中の硬そうな猫。
音も無く立ち去る女性のえもいわれぬ不気味さに、このまま観劇を続けるのが怖くなった。

タイムスリップ後のゴローさんはこれでもかっちゅーくらい昭和ギャグを連発してきて、その60年代アピールは正直クドく、ちょっと引いてしまった。私も昭和を生きてきたわけではないが、私より若いえび担のお嬢さんがその60年代アピールを目の当たりにしてもポカーンとしてしまうのだけなのではないかと心配になった。
今になって考えると、序盤のゴローさんの胡散臭さを演出するための技法だったのではないかと思える。

ゴローさんの部屋から“猫の抜け道”という小径を通って、酒屋の倉庫を改装したスタジオに移動する。
初めてのセッションが始まり、トッツーが(自分もギターとして混ざろうかな、しかしここで入り込むのは野暮だな、いややっぱり…)と葛藤して見せた後、最終的にずっこける様を目撃した私は、きっと端から見ると菩薩のような顔をしていたに違いない。

河合郁人は一人語りの場面で、9月の少年たちで岩本照が立っていたあたりの位置に佇んでいた。
そこに居るはずのない岩本照が瞬時に幻影として蘇る。
日生劇場の舞台空間のうち、河合郁人が占める割合の小ささに、岩本照の体格の良さを思い知り、愛おしさがこみ上げた。

謎の白い女性は猫だった。というか、猫が女性だったのか。猫の中の人というべきか、なんせ猫だった。
そこに居るのに居ない体、喋るし、マイクを持ってメンバー紹介もするのに居ない体でお話が進行していった。
猫は橋ちゃんによりラムと名付けられる。
橋ちゃんはふらっと出て行ったラムを追いかけ、車に轢かれそうになったラムを助けるため自らの命を落としてしまう。この役割が猫以外の別の動物だったなら、私はきっと「橋ちゃんの命を何だと思っているのか」「橋ちゃんの寵愛を受けた身として自覚が足りないのではないか」と怒り狂っていたと思う。猫好き芸人カラシマ、猫には罪がないので橋ちゃんのことは残念だったねと気持ちを鎮められた。

橋ちゃんを喪ったプラネッツお兄さん達の驚きが悲しみに変わってゆく。
五関さんが紡ぎ出す舞いの切なさよ。
上手にはドラえもんに出てくる空き地に置いてあるような土管が不自然に積まれてあった。
ラムが必死に「神様お願いします」と、何度も声を張り上げる。
猫が神様にお願いごとをしている。ラム、なんて良い子なんだ。涙が止まらないではないか。
私がえび座で一番泣いたシーンは少なく見積もって2箇所だが、その一つがこの「神様お願いします」である。
ラムのお願いが神様に聞き入れられたのか、暗転の後土管の上に橋ちゃんが現れる。この時のお手手が指だけを折りたたむ感じの“チョイチョイ”という動きで、その可愛さと控えめさがまた涙腺を刺激した。

現代に帰ったプラネッツはホナミさんという女性と出会う。元ラムである。
プラネッツはお世話になったゴローさんとも無事再会を果たし、夢の続きの始まり、そしてHappy end やれやれお疲れ様でした かと思いきや、ホナミさんがお茶を買いに行くと言い出す。
ゴローさんが「車が多いから気を付けろよ、お前はそそっかしいんだから」と投げかける。待って、ラム死亡フラグ再び…?役目を終えたから?嫌だ、もう誰も死んではいけない。
ホナミさんが見得を切る。
「それじゃあ」
「猫の抜け道でも 使いますか」

ベストオブ号泣ポイントここです。
どれほど

    \  ィヨッ 滝沢!!!

と叫びたかったか。(滝沢じゃない)

DVDが出るかもしれないのにほぼほぼネタバレで申し訳ないが、1幕は以上の通りである。
あと、猫には不思議な力がある。


幕間、スクリーンにはIntermission の文字が映し出されていた。
モノクロでの表示だったのが2幕の開始時刻の数十秒前から徐々に色づき始め、感情の昂りを煽られた。


今回のJr.も好きな子がたくさん居たが、そういえばこれまで歌って踊るA.B.C-Zだけを生でじっくり観たことがなかった。(大阪のコンサートではSnow Manでいっぱいいっぱいだった)
個人的にA.B.C-Zは箱推しである。特に誰、という決まりがないので、気楽に観ようと思った。

いざショーが始まると、何かにつけてトッツーに視線を奪われる。
オールバックがゆえにお顔の美しさ拝み放題。
私は息を飲んだ。戸塚祥太、美しい…。
河合郁人と歌う砂のグラスは ただひたすらに「ふみとつ 美の暴力団」としか考えられなかった。

Shower Gateを踊るのえしめが観られたのもお得感があって良かった。
バックがSnow Manや寺西たちのイメージで定着していたのだと気付く。
えび座に来ても結局Snow Man。もはや生活の いや魂の一部である。

2幕の終盤、アスレチック広場にありそうな感じの大掛かりな装置が舞台にそびえ立つ。
垂れ下がるバンドに腕を通し足を掛け、A.B.C-Zはグルグル回る。
(私は何てものを見せつけられているのだろう)(これを見て私はどうすればいいのだろう)率直な感想だった。
身体能力の高さ、すごいですけども。
何かの間違いで首を引っ掛けてぶら下がってしまったら…?危険の伴い方も尋常じゃない。
A.B.C-Zがどこから来たのか知らないけれど、どこへ行こうとしているのかもわからない。
でも機会があったらあのような遊具で遊んでみたい。


2幕も無事に幕が降り、その幕にハッピーバースデーふみきゅんと映し出され、再び幕が上がる。
会場全体でお誕生日をお祝いし、河合郁人がロウソクの火を吹き消した。
今後の目標を尋ねられた河合郁人は「お金持ちになりたい」と答えた。
最高である。個人的には大正解だ。
いくら仕事が増えて忙しくなり知名度が上がっても、収入に繋がらなければ何の意味もない。
さらに、収入が増えた分支出も増えれば手元に残らないので、「お金持ち」の状態にはならない。
河合郁人、最高である。私の力であなたをお金持ちにしてあげたい。


夜公演、そして翌日の昼公演を観劇し、私のえび座は幕を閉じた。
見学に来た森田美勇人、阿部顕嵐、ジェシーが拝めて非常にラッキーだった。


毎度のことながら、一番エモいのは翌朝の通勤で聴くA.B.C-Z
会社まで信号あと1つのところでウォークマンがSmiling Again を再生し始め、鼻の奥がツンとしたのは、秋めいてきた向かい風のせいだけではなかった。
猫には不思議な力があるからしょうがない。